万年筆使いアキラ

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万城目学著「鴨川ホルモー」を読んで思い出したエピソード

こんにちは。読んでもらってありがとうございます。

唐突ですが、僕のお祖父さんは「とても不思議な体験をした」という伝説の持ち主です。(とはいってもあくまで僕の家族と親戚や親しい方々限定の伝説なのですが・・)その伝説を先にご紹介したいと思います。

まず、僕のお祖父さんはどんな人物であったかというと、戦前から京都市内で呉服屋を経営していて、それなりの財産を蓄えたやり手の商売人でした。

世話好きで正直者で人に優しくてとても男性からの人望が厚く、その上、男前で女性からも無茶苦茶モテモテだったようです。(うらやましい・・)

また、とても信心深く大きな神棚を自宅に設置して日々お祈りをしていました。

そんなお祖父さんの烏丸御池付近にあった当時の家で行われた葬儀には、その死を嘆く何千人もの人々が家の玄関から平安神宮まで葬列をつくったようです。

(ほんまかいな!?当時の家から平安神宮までは約2キロ弱あるので、僕は今は年老いたお祖父さんの子供たちがかなり大げさに話していると確信してます!!)

いずれにしても、親戚だけでなくご近所の人やお祖父さんの多くの知人や友人がことある毎に、僕のお祖父さんがいかに自分たちに世話を焼いてくれた心優しき正直者であったかを幼少時の僕にしてきましたので、それなりに信用のおける人物であったことは間違いありません。

ちなみに僕はたくさんの孫のなかでそのお祖父さんに最もよく似た容姿をしていると言われていて「やった!僕も将来、女性にモテモテになるに違いない!」と思っていました。

残念ながら、現在のところ思わしい結果になっておりませんので、きっと容姿以外の部分でモテモテだったんでしょうね(笑)

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お祖父さんの不思議な体験

お待たせいたしました。僕のお祖父さんの「不思議な体験」の伝説についてお話します。(決して怪談ではないのでご安心を。)

僕のお祖父さんがまだ20代のころのある年の節分の夜のことでした。

お祖父さんは京都御所の北にある鞍馬口通り付近のお得意様に夕方に反物を自転車で納品に行き、その時に新しい注文もいただいたこともあって話しが長くなり、ついついお酒もご馳走になって気がつけば夜の22時から23時頃になってしまっていました。

当時の京都は冬の夜は今の何倍も冬の底冷えがする寒さであったのでお得意様は心配して泊まっていくように何度も勧め、お祖父さんは遠慮して何度も断るを繰り返しました。

そうこうしてやっと夜の12時近くになってそのお得意様に暇を告げて家(烏丸御池付近)に帰るために自転車に乗り込みました。

鞍馬口通り付近から烏丸通りを南下して家までは約3キロくらいの道のりです。10分くらいですぐに家に帰り着けるはずでした。

しばらく自転車に乗って南下して今出川通りの手前に着いたときでした。ここでお祖父さんの「不思議な体験」が起こったのです。(今出川通りは京都御所の北と同志社大学の間を通る東西に長い比較的広い道です。)

なんとお祖父さんが今出川通りを目の前に見た時、行きは普通の道路だった道が、川のように水を満々と湛えた状態になっていたそうです。

しかも自転車で渡ることなど到底不可能な「人工の深い堀としか言えないもの」になっていたのです。

最初、お祖父さんは今出川通りを東に少し行った所にある加茂川と高野川の合流地点(俗に言う鴨川デルタ)がなんらかの理由で氾濫したのだろうかと思ったそうです。

この時あまりの驚きにすっかり酔いも醒めていました。

鴨川の氾濫かもと思ったお祖父さんは鴨川のある東方向へ移動するのは危ないと考え、お祖父さんは「人工の堀としか言えないもの」のようになってしまった今出川通の北側にかろうじて人が通れるだけ残った道を西へと自転車を走らせました。

一刻も早く水の来ていない場所から自宅に帰って家族を起こし、安全な場所に避難しようとしたのです。

ところが、西へ進んでしばらくするとまた驚くべき事態に遭遇しました。なんと今出川の堀が堀川通りで直角に南へ曲がって当時まだ本当の川であった堀川に続いていたのです!

しかも、その堀川はいつもの川の様子では無く、まさに「大阪城の堀のような人工的な堀」としか言えないものになっており、なみなみと水を湛えて見渡す限り橋がかかっておらず、まるで外敵の侵入を拒んでいる城郭の堀のようでした。

お祖父さんは一条通り付近の橋があるはずの場所まで堀川通りを南を下ってみましたが、やっぱりそこには橋が影も形もなかったそうです。

そういえば、この付近は陰陽道で有名な安部晴明を祀る神社(現在は堀川通りから見えるところにあります)があったことをふと思い出し、なんとなく直感的に「あっ、これは普段は絶対見えない世界を見ているんだ」と思ったそうです。

泣きそうになりながら、仕方なく「人工的な堀」にしか見えない堀川通の西側にかろうじて残っていた人が通れるほどの道をどんどん南下していきました。

すると今度は堀川通りと五条通りが交差する地点でまた「人工的な堀」が東へ直角に曲がっており、かろうじて南側に人が通れるほどの道が残っているだけでした。

「あぁ、これは北の今出川通りと西の堀川通りと南の五条通りとおそらく東の鴨川が京都の中心街を四方で囲む大きな堀と化した異世界に迷い込んだのに違いない。俺は堀に阻まれて家に帰れず、もう二度と妻に会えないのか・・・・」と結婚したばかりだった妻(僕のお祖母さん)のことを思ったそうです。

しかし、お祖父さんはあきらめずに渡れる橋がないかどうか調べるため、東へ向かって自転車を走らせました。

しばらく行って今の高倉通り付近にたどり着き、遠目に五条通りの「人工的な堀」が鴨川との合流地点で直角に北に曲がり鴨川がまさに城郭のような「人工的な堀」に化しているのが見えたとき、本当に涙が出たそうです。

そして、その場で立ちつくしながらあらゆる神様にお願いをしたそうです。「もう一度妻に会わせてください。望みを叶えていただいたら、私の一生を通じ八百万の神々に深い信心を捧げます・・」と・・・・・・・・・・・・・・・

泣きながら何分願い続けたかわからないほどお祈りをしていると、ふと尊厳ある低い女性の声が聞こえたそうです。

その声は『お前は善良な男のようだな。今夜は節分、新年と旧年が交わるとき。そのはざまでお前は普段は絶対見えないものが見えただけなのだ。安心しなさい・・・』と言ってくれたそうです。

するとすぐに「何かはわからないもの」(暗闇でよくわからなかったらしいのですが・・)が現れて何かを始め出しました。

そしてふと前を見ると、お祖父さんの目の前に自転車が通れるほどの幅の橋が現れていました。お祖父さんは「ありがとうございます!」と大声で感謝して、すぐに自転車に飛び乗り、北上して一目散に家まで帰ることができてなんとかことなきを得たとのことです。

この話は伝聞に基づいているのでどこまでが真実かはわかりません。

お得意様のところでお酒をいただた後の出来事ですし、お酒に酔っていたお祖父さんがリアルな悪夢を見ただけなのかもしれないです。

なので、「信じるか信じないかはあなた次第です!!」(笑)

やっと本題です(前置きが長ったらしくてすみません・・)

僕のお祖父さんは前述の「不思議な体験」をあきらかに信じていました。

きっと「あるものはあるのだ!」と僕のお祖父さんは「鴨川ホルモー」の登場人物であるスガ氏のように泰然自若として言い切ることでしょうね。

僕のお祖父さんの「不思議な体験」が真実かどうかは別として、お祖父さん世代の京都人は多かれ少なかれ、平安時代に盛んであった「陰陽道」的なものに大きな影響を受けていました。

僕の世代も京都の伝統的な風習を行うときに知らず知らずに生活に取り入れている感覚があります。

万城目学著「鴨川ホルモー」角川文庫はそんな京都に根付く平安的な「陰陽道」の世界を現代に巧妙にマッチさせた青春小説です。

京都の町を舞台に摩訶不思議な「ホルモー」を巡っての登場人物達の青春を生き生きと描いた痛快な文章には大爆笑してしまうでしょう。

恋愛の要素も多分にありとても素敵な小説です。この中に登場する「ホルモー」にまつわる話を「陰陽道を基にした全くのフィクション」として楽しむのも良し、僕のお祖父さんの「不思議な体験」のように「陰陽道で守られていた平安京から発展した京都ならひょっとしたら有りうるかも」と思って楽しむのも良しです。

あまりネタばれにはしたくないので、これ以上の内容の言及は避けますが、京都の深遠を知りたい人や興味のある人、ましてや京都の大学に通っている人・通っていた人には絶対におすすめの一冊です!

ぜひ素晴らしい読書体験を!

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 最後まで読んでいただいてありがとうございました。

以上「万城目学著「鴨川ホルモー」を読んで思い出したエピソード」の記事でした。

 

【過去記事です】

www.akira-mannenhitsu.com

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